GEO Painting
《アビスコスモス / Abyss Cosmos》
瀬戸内海の海底の泥、キャンバスにアクリル絵具
1820×1820mm
《 GEO Painting 》シリーズは、海底堆積物や鉱物などの地質由来の素材を用い、人間の知覚と地球時間との関係を可視化するための絵画である。
《アビスコスモス/Abyss Cosmos》は、瀬戸内海の海底泥を顔料として用いて制作した。海底泥とは、植物プランクトンをはじめとする生物活動、地形、潮流など複数の条件のもとで海底に堆積した物質であり、単なる顔料ではなく、長い時間の痕跡を内包した堆積物でもある。
地球規模の視点から見れば、瀬戸内海は巨大な水たまりのような浅い内海である。平均水深は約38mに過ぎず、最終氷期には海面が現在より約130m低かったため、この地域の多くは陸地であった。つまり現在の海底は、大地が海へと変化した数万年規模の環境変動の痕跡でもある。
作品に見られる円形は、コアサンプラー(G.S.型表層採泥器[アシュラ]、離合社製)が海底に残す採集痕をもとにしている。この科学的調査行為もまた、人類が地球の深層へ触れようとする試みの痕跡といえる。その反復する円環構造は、地質情報を採取する科学的操作であると同時に、同心円状に反復する曼荼羅のような構造として画面上に現れている。また、本作で使用した海底泥を採集した海域では、底引網漁によってナウマンゾウなど更新世哺乳類の化石が引き上げられてきたことが知られている。本作では、それらの化石を複製し、この海底に環境変動の履歴が物質として蓄積されていることを示唆している。
さらに、この海底泥の堆積物コア(コアサンプラーによって円柱状に採集した泥)を分析すると、多環芳香族炭化水素(PAHs)と呼ばれる、化石燃料の燃焼や自動車排気などに由来する化合物の濃度変化が確認されている。科学者・中國正寿氏による分析では、約40cm下層(1950年頃に相当)では濃度が低い一方、1950年以降に相当する上層部で増加が見られ、1970〜1990年代に高濃度となる傾向が示されている(Nakakuni et al., unpublished data)。これは、戦後の高度経済成長に伴う人為起源の環境負荷の履歴が、海底堆積物に地層として刻まれていることを意味している。
このように海底泥には、地質学的時間、生態系の循環、さらには人間活動の痕跡まで、異なるスケールの時間が幾層にも折り重なっている。海の下に眠る不可視の時間構造を図像化し、人間の尺度では捉えきれない地球的時間を、経験可能なものへ変換しようとする試みである。




