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Project

《 不気味なもの 》2015/2023年 

 映像作品、15分13秒

《 Souvenir Photo 2015/2023年 

 組写真のインスタレーション、
 ラムダプリント、サイズ可変

 この作品は、低線量被曝の問題をテーマとした組写真のインスタレーションと映像作品である。2015年11月19日、都内の公園で実際に放射線量を調査し、放射線量を可視化するガンマカメラで撮影した写真と記録をもとに物語が構築されている。

 

 2011年3月11日に発生した福島第一原子力発電所事故とその後の水素爆発により、放射性物質が放出され、放射性雲(放射性プルーム)として大気中を漂った。その結果、世界中に放射性物質が散らばり、東京都内でも風向きや降雨などの要因により放射性物質が地表に沈着している。局所的に蓄積した放射性セシウムが空間線量率に影響を与えていることが確認されている。

 一方で、自然界には元々自然放射線が存在している。環境省によれば、日本での日常生活における平均的な放射線量は年間2.1mSvであり、宇宙線や空気中のラドン、食物、大地からの放射線が含まれる。また、花崗岩を多く含む関西地方では、関東地方に比べて年間の自然放射線量が2〜3割高いことが知られている。医療におけるX線撮影や放射線治療といった放射線の利用もあり、放射線は身近な存在である。それにもかかわらず、放射線が人体にどの程度影響を及ぼすか、特に長期的な低線量被曝についての研究結果は依然として不足している。

 日本では、広島・長崎の原爆被害、第五福竜丸事件、東海村の臨界事故など、放射線にまつわる歴史的な記憶が放射性物質への強い拒否感を生んできた。こうした背景の中、放射線に対する「余計な被曝は避けたい」「放射線はリスクだけしかない」といった感情的な反応が生まれるのは理解できるが、それがリスクコミュニケーションを妨げている現実もある。

 

 この作品は、SF的な可能世界を舞台にしている。主人公が2015年11月19日にパートナーと撮影した記念写真を見返しながら、写真に写る公園の風景や歴史的名所に思いを巡らせる。しかし、写真には放射線量が可視化されており、寺院や樹木、石像には原発事故由来の放射性セシウム137が沈着していることが示されている。また、自然放射性物質由来である銅像の御影石(ウラン系)からは周囲より高い放射線量が観測される。ガンマカメラには、放射線量が青から赤へのグラデーションで色分けされて表示される機能があり、日常的な記念写真が放射線の存在を映し出す装置となっている。

 物語の中で主人公は、近代の原子力技術が「自然では起こらないことをやりすぎている」と感じながら、放射性物質や被曝にまつわる固定観念を問い直す。放射線は「不気味なもの」として幽霊のように現れ、人間が隠そうとしたり、抑圧したりしてきた不安や記憶を表面化させる。彼女の声は静かに、しかしどこか遠い存在のように響く。物語の最後、写真を語る彼女の声が途切れ、彼女自身が現実には存在しない「幽霊」であることを暗示する。この作品は、見えないものが可視化されることによる不安と、それにどう向き合うべきかを観客に問いかける。

撮影技術協力:

茨城大学大学院理工学研究科、東京大学宇宙線研究所

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